くるくる



『救心って効く?』
そんなメールを母にしたら『仕事が辛いなら帰ってきなさい。お母さんはもともとあなたのザフト勤務は反対です』っと真面目な返信が返ってきて焦った。動悸・息切れが職場で起こっていることは確かなのだけれど、たとえばハイネからどっかのカフェでお茶でもどう? って言えば、その喫茶店で私は興奮しすぎてしんどいな……と感じるわけで、つまり、職場ではなくハイネのいる場所でそうなるわけで。それくらい、健気な一途さを通り越してこじらせているのだから自分でもちょっと笑える。いや、笑えないけど。
ただ、頭の中でサイレンがくるくると救急車を呼ぶくらいなのだから、仕方がない。

同じMS開発チームになって早3ヶ月。はじめのうちはそれこそ、パイロットであるハイネの個人データを取らなくてはなかったので、会う機会も多かったのだが、これ以降はハイネの都合に合わせて、ということらしい。軍本部とこのドッグはコロニー的に遠くはないが、しかし、という距離感だ。
そして、今日はその『都合のいい日』で救心のリサーチが足りない私はとりいそぎ、頭痛用の鎮痛剤を飲んで挑んでいる。机の上に出しっぱなしにした薬のパッケージをハイネは目ざとく見つけ、「体調悪いなら……」と声をかけてくれて、嬉しくて、それから死ぬほど恥ずかしかった。

今日のスケジュールも予定通り消化し、今はコーヒーブレイクだ。お茶くみ制度は太古の昔に死んでいるし、施設内には飲料の自販機が揃っているので各々が好きにしている。
ハイネはコーヒーブレイクの名前に反するが温かい紅茶にしたらしい。会議用の長机の方はメカニックの先輩方が陣取っているからだろう、彼は自然な足取りと私のワークデスクの隣へやってくるからたちが悪い。私はハイネに見えないようにマイボトルに入っているほうじ茶で胃薬を呷る。
いつもどおりのふりをして、最近どう? と尋ねる。
「パイロットとしてやることはさして変わらねぇよ。部下ができたくらいで」
そう言ってハイネは笑っていたけれど、部下を持つことでそれだけ命を預からなくてはならない。責任も増える。変わってないことはないんだろう。でも、彼があえて口にしないのなら、私もそれを指摘してはいけないのだろう。話を変えるように、ハイネは口を開く。
「他の同期とは連絡とったりすんの?」
「いや、全然。……あぁ、でもこの間、偶然、基地内でトーマスに会ったよ。私と同じメカニックの。異動の話をしたんだけど、また内勤かって言われちゃった」
「あいつ、ずっと船で宇宙だっけ? 卒業のときもに皮肉言ってなかった」
「うわぁ……よく覚えてる」
「まあ、な。ザフトに所属してたら、戦場に近い遠いはあっても、結局、どこもおんなじ地獄みたいなだろって思ったから」
そう言って、彼は真面目な顔をする。ハイネの切れ長な目が相変わらずかっこいいと思うのと、地獄である自覚と、両方がのしかかる。
もう、アカデミーのときとは違うのだ。
でも、それをいうならもう戦争中ではないのだ、今は。
地球軍とは終戦ではなく停戦であるが、つかの間の平和に、新型MSを製造する。これが市民を守るなんて綺麗事を言うつもりはない、これは確実な兵器だ。そして、これが私の仕事で、彼もこのMSに乗って戦場へ赴くのが仕事だ、職業軍人だから。人を殺す地獄の中に生きている。
「まあ、地獄は俺だけでいいと思ったから軍人になったクチで、今なら誰がなにを信条とするかは自由だけどさ。あのときは、若かったしトーマスにちょっとムカついたって話」
「……私も気にしてないからいいんだけどね」
そう? と彼は肩をすくめる。そして声のトーンをちょっと明るくして、なんでもないふうにまた話を変えた。
「つーか、今更だけど、交戦記録って俺の声まで渡されてるのな」
「え、だって逆に声だけ抜くのもめんどうでしょ。あと、どのタイミングでエネミー警告が出て、どう反応してるかとか、どう他の隊員と連携をとっているかとか、案外わかりやすい」
「や、わかるんだけどぁさ、絶体絶命のピンチで神様に祈っている声とか入ってるのを冷静に解析されるの恥ずかしいだろ」
「誰しも神様はいるし、開発畑の人間にとってはただの事象と言うか……あ、でも、知られることをよしとしない教えだったら、申請すれば消せるよ」
「そういうほどじゃねーよ。その時に都合のいい神様にすがったり、聖ヴァレンティヌスは記念日がテロの日になっちまってかわいそうだなって思ったりするくらいで」
そう言って、彼は目をつむり、両手を頭の上で組んでぐっと伸びをする。そのまま首を右に倒すから、左襟についたフェイスのバッジがきらっと光って、それから、コロニーで機械的に作られた重力に従って、髪の毛が流れるのを見つめた。アカデミーの頃より伸びたな、と思う。その長さを測るようにじっと一点を見続ける。
「バレンタインは……そうだね。二ヶ月後だ」
彼はまだ目をつむったままで、今度は反対側へを首を倒して筋を伸ばしているから、私がどんな表情でどんな決意をしているかなんてわからないだろう。
ラクスの演説をリフレインする。
愛することを、やめるな。