くるくる




ずるいな、と思いながらチョコレートメーカーの紙袋をロッカーにしまう。生成りにこげ茶の縁どりの小ぶりのバック、箱の包装は同じデザインに蛍光黄緑のシーリングスタンプが捺されているのがお洒落だと思う。もちろん、箱の中身はチョコだが、薔薇の花束を贈るような気合いの値段ではないし、かといってプロジェクトメンバーひとりひとりに渡せるほど安価ではない。バレンタイン用のパッケージなのでパッと見ると分からないが、そこそこチェーン展開しているブランドであるがゆえに、なんとなく価格帯がばれている。でも『世話になっているからごあいさつ程度に』を装えることが重要だった。
なんせ、ハイネがバレンタイン近くにこっちへ来るのかも知らないし、彼が甘いものは嫌いではないだろうけど好きかどうかも知らないし、そもそもパートナーがいるかもしれない。一世一代レベルに華々しいプレゼントをして撃沈したくない。でも、そんなネガティブな発想をすべてを束にしても、ハイネを好きであることをやめる理由には、ちっともならないから不思議だった。
渡せれば満足と言い聞かせる。確実に受け取ってくれそうな言い訳に見合ったチョコを選ぶのは、我ながら小心者だと思う。嗜好品を買うことで経済を少し回してると言う自覚だけが正しいと断言できる。

結局、バレンタイン当日は追悼ムードで厳かに過ごし、ハイネがMS開発部の方に顔を出したのはそれから3週間たってからだった。
『デパートのバレンタインコーナーでたまたま見て』『折角だし買おうかなって』『いつもお世話になっているから』
今日までに頭の中で1000回は繰り返したであろうシミュレーションを確認するけれど、ハイネが出合い頭に「よっ」と片手をあげて挨拶してくれただけで、言葉がゲシュタルト崩壊を起こす勢いだ。体調が悪くなるくらい頭がのぼせてくる。自分はすごく馬鹿だなあと思う。
業務が滞りなく進められたのは、前にも体調を心配されたことがあるし、仕事を出来ない奴だとハイネに思わくない一心からだったが、ルーチンというのは不思議なもので、こなしていく過程でなぜか頭も日常に戻っていく。私はなんでもない振りを出来るまでに回復し、首尾よくチョコを渡すに至れたのだ。
ちゃんと周りに人はいないし、このあとは帰るだけだから荷物の邪魔にもならないし、私の声も上ずったりしていない。本当になんでもないふうに装えていて、自分の演技力の高さに拍手をしたい。ハイネも「ありがと」「チョコ、結構、好きなんだよな」のあとは、いつもの世間話に移行したので、私がどれだけの気持ちを込めているか想像もつかないことだろう。
ささやかに手を振って帰ろうとした時だ。「あっ」とハイネが声をあげる。
「忘れ物でもした?」
「そうじゃなくて。これ、一応、バレンタインだろ。ホワイトデーにお返ししようと思ったけど、来週だと、絶対、こっち来ないし」
これ、といってハイネは私のあげた紙袋を少し振る動作をする。ザフトレッドの制服の彼が持つと生成り色とのコントラストが映えて、こいつ、格好いいなあと自分のセンスに拍手を送る。
正直、お返しと言われるとドキリとしてしまう自分がいる。バレンタインという行事にのっかったのは私だ。でもホワイトデーまで期待していたわけじゃない。期待してしまうとそれだけ、このチョコレートに意味が上乗せされてしまいそうな気がする。一息呼吸を置いて、気にしないでねと言う私は、いつも通りにふるまえているだろうか。練習していないセリフは口にした後も自分の周りを漂うようで、気にしてほしいと言う願望と細く繋がっている。
「俺が気にすんの。俺だっていつもお前に世話になってるのに……なんか持ってなかったかな」
そう言って、彼はバッグや軍服のポケットを漁りだす。最終的に鞄のサイドポケットから非常用の携行糧食をひとつ見つけて差しだした。いわゆるシリアルバー、チョコレート味。一般人がお土産に買うとは聞くが、私もザフト勤務であるので、とても見覚えがある支給品、ロッカーの中にも入っている。受け取りはするが、どうしたものかと思わずハイネを見つめると、彼は心外だとばかりに口をとがらせる。
「おっと、これがお返しだなんて思うなよ、俺がめちゃめちゃせこいみたいじゃん。ちゃんと用意するまでの担保なだけ。食うなよ」
「まあ、有事の際は食っちゃうけど」
「ははっ、有事になんか、させるかよ」
ハイネは快活に笑った。有事になんて、させない。『さすがフェイス! プラントを守って!』とか囃せばよかったのかもしれない。そういう冗談だった。そういうところが、とてもとても、私の大好きなハイネだった。うっかりすると好きって言いそうで、固く口を閉ざす。
これは、私のシミュレートにはなかった展開なのだ。このやりとりを、寝るまでに1万回は思い出してニヤニヤしてしまうんだと思ったし、ずっとずっと好きだと思った。