? SUMMER DRESS




summer dress





01


 まず、いわゆる後始末を付けるところまでは平等だった。ただ、叙勲だ授与式だなんだという都合のせいで、ハイネの長期休暇取得だけが遅く、遠く、後回しになっていった。錦を飾りて故郷に帰るのがよかろうと進言したという高官連中を、心の底からを呪っている。実家に帰るときは五体満足さえあればよいと言われてるんだけど、とはわざわざ告げなかった。
 叙勲自体は有り難く、軍人として誇らしくもあるが、仰々しい授与式なんてものは面倒で仕方がない。しかも、政権もザフトもトップが代わった中で、今回の授与式は新しいプラントとしてのシンボリックな意味合いも強く、殊更に煩わしい。しかし、信賞必罰であるならば、彼の功績に疑いの余地はなく、勲章こそがふさわしい。これも仕事のひとつなのだと、ハイネは出席を承諾した。
 モビルスーツを操縦して手に汗を握っている時でさえ、仲間の死を悼んで目頭を熱くしている時でさえ、こんなに家族を恋しく思ったことは無かったのではなかろうか。とあるコロニー内の、とある軍基地の一角の、とある野外ホールの、とある控室でハイネはそんなことを考える。だが皮肉を言う相手もここには居らず、手元のデバイスで帰省のためのシャトルのチケットを取ることしか暇つぶしがない。
 おおよその帰宅時間を家族間のグループメッセージに送れば、早速、母から迎えに行くねと返信が来る。
『サンキュ。でもバス使うし』
 親しいが故の言葉の少なさで返せば、一つの画像が送られてきた。白っぽい住宅地をバックに一台のオープンカー。ターコイズブルーにミルクを落としたような水色で、丸みを帯びたフォルムとコンパクトな車体。可愛い感じ。それから、もう一つメッセージが入る。
『新しい車を買ったので』
 つまるところ、新車を乗り回したい、自慢したい、ということのようだった。
 スポーツカータイプだった前の車を惜しみつつ、『若い子が好きそう』と感想を打ちかけて途中で消した。親しいが故に取り繕う必要がないので、地雷を踏めば爆発は避けられない。若作りだって言いたいの!? とか、なんとか。『母さんに似合うよ』とだけ送ると、ウサギのキャラクターがふんぞりかったスタンプが押される。おそらく、当然だ、と言っている。ほかにも言いたいことはあったが、ドアのノック音とそろそろ壇上へお願いしますという言葉にデバイスを仕舞った。



 長期の帰省ではあるが、荷物は小ぶりのボストンバッグ一つ、片手には途中で買ったテイクアウトのコーヒーいう気軽さでハイネは生まれ育った街へと戻ってきた。
セプテンブルにある宇宙港からは少し離れた市街地にあたり、最寄り駅は快速が止まらない程度の利便性の、よくある居住区だ。都市計画時にそういう協定があったとかで、マンションをはじめとして建造物の外壁は一様に白か薄橙色。石畳風の道路も同色とくれば、ミルクティーのような淡いグラデーションとの対比で、コロニー内の空もいくらか濃く深く見えてくる。ハイネの母はその景観を気に入って、居住を決めたと言う。
 ハイネのバッグの奥の、底の方には例の式典にて勲章と一緒に贈られたありがたい賞状とありがたい小さなトロフィーがあり、実家に投げていこうという魂胆である。両親はそういうものを無碍にはしないが、恭しく扱いもしない。きっと納戸にしまわれて、大掃除のたびに邪魔者扱いするが捨てることはしないのだろう。例えば自分が死んだとしたら、これらを縋って泣くことは、まぁ、無いとは言い切れない。
 重い重いと思いながらもわざわざトロフィーを持ってきたのは、なんだかんだでハイネ自身も自分でゴミ箱に入れることが出来ないからであって、両親の影響なのではないかと怪しんでいた。
 駅に時間通りに到着したが、ロータリーに見慣れた母の姿はなかった。いや、流行に敏感で、派手好きなあの人のことなので、見慣れた姿はある意味、存在しない。いつの間にか髪の毛を違う色に染めているなんてしょっちゅうで、昨日はコンサバ、今日はドラスティック、明日はトラッド。あの人が歌手として芸能活動していることを思えば、ファッショナブルさはプロデュースの方針もあったのだろう。いや、まあ、ただの流行に敏感で派手好きなだけかもしれないが。今日の髪色を知らないとなれば、探す目印はあの水色の可愛いエアカーしかない。しかし、まだそれも見当たらなかった。
 コーヒーをうっかり新車のシートに溢すような馬鹿をするわけにはいかず、とりえあえず、飲み干してしまおうとロータリーの脇に設置されたベンチに腰を下ろす。時間帯のせいなのか、平日だからか、昼前の駅前は人がまばらで、ハイネのほかにベンチを利用する人もいない。道路の向こうに見えるピンクと白のストライプの看板はドーナッツ屋のようで、去年までは当時流行りの高級志向のパン屋だった気がする。いや、一昨年だったか? 母に聞けばわかるだろう。流行に敏感な人なので。
 疑似太陽の日差しが強く、暑さにじわりと汗が滲む。ハイネはTシャツの胸元を引っ張って、気休め程度の風を送る。そういう季節コントロールだとは分かっていても、夏だなあとしみじみ思う。先の戦線においては地球に降りることは無かったが、管理された季節しか知らないプラント生まれとしては、いくらコーディネーターの身が暑さ寒さに強かろうとも、亜熱帯だ北極だというのは遠慮をしたい。観光なら兎も角、仕事ならば。今は亡き砂漠の虎はその気候さえも楽しんでいたと言うが、バルトフェルド殿は変わり者だと聞く。ハイネはセプテンブルの夏で充分だった。
 


 目の端に水色の車体が映ったのは、彼がコーヒーを飲み終わり、少し離れたところのごみ箱にカップを捨て、またベンチに戻り、そして、手元のデバイスでローカルニュースを一通り読み終え、ついでに「駅前 ドーナッツ屋 去年」で調べ、前は絵本コンセプトのカステラ屋で、その前がパン屋だったと知った時だった。
 ハイネは顔を上げて、エアカーがロータリーに滑り込んでくるのを観察する。母から送られてきた写真と同じ車種で間違いはない。丁度よくエアカーの屋根は開いている。運転手は女性だ、しかし、大ぶりのサングラスのせいで顔が半分は隠れているし、そもそも髪型は参考にならない。ホルターネックの、黒地にリゾート感のある花がプリントされたノースリーブ姿は、幼い頃に母が着ていたワンピースに似ている気もするが、すらりとした肩や、腕の感じが記憶する母の姿とは合わなかった。母がいかにボディトレーニングを欠かさず、思い出したように若い時の服を着る人とはいえ、流石にあの運転手は自分とそんなに歳が変わらない女性のように見える。と、なると、車が同じだけで人違いなのだろう。やっぱり、あの車は若い子が好きなデザインなのだ。ハイネはそっと視線を外した。
 あのワンピ―ス、リバイバルでもしてんのかな。もしくは、レトロ風のよくある柄だとか。そんなことを考えていると、例の車は静かに自分の前で止まる。ハイネをすでに見知らぬ車と認識しているので、自分に用はないだろうと顔を上げることをしなかったのだが、クラクションを鳴らされて驚いた。繰り返すが、人は少なく、ハイネが腰を下ろすベンチにほかに人はいない。つまり、そのクラクションは彼を呼ぶために鳴っているということになる。
 嘘だろ、まさか! 見違えた!?
 ぱっと顔を上げる。車から身を乗り出すように手を振り、サングラスを外した彼女の顔には、そう、確かに覚えがある。
「……?」
「おば様の代理で来たんだけど……なんで、そんなに驚いてるの?」
 運転手は、ハイネが幼い頃からよく知る、同じマンションの友人だった。