詳しいことは知らないが、私がぶかぶかの浴衣で不貞寝をしている間にすべてが終わっていた。
 「けっこう吹っ掛けたんだけどなぁ、残念だ」と言って長髪の男は私をどこかの廃寺に置き去りにし、それから一時間ほどして我が家の腕の立つ者が迎えに来た。私本体も、売ろうと思えば売ることも出来たし、なんなら身代金を受け取った後に殺すことも出来たし、衣服は毟られたがあの晩に『そう』いうことは無かったので、無事に親元に返してくれたことだけは有り難かった。無事だと思っているのは私だけだとしても。
 当然ながら、私の誘拐事件には緘口令が敷かれた。年頃の、しかも結婚が決まっている女が攫われたなど、外聞が悪いにもほどがある。二つの家はご丁寧に警察に通報しなかった。死体が見つかれば、もしくは、ということだったのかもしれない。 
 あの男の言う「けっこう」がどれくらいのものかは分からないが、どうやら婚約者の家がお金の工面を申し出たようだ。婚約者は責任を感じており、「すまない、すまない。かわいそうに、怖かっただろう、僕が舟遊びなんかに誘わなければ誘拐なんて……」と仕切りに謝り倒す。
 なにがしかの理由で破談になるのだろうと思っていた結婚も、時期が三カ月ずれただけで執り行われた。表向きは、真冬の雪の中では結婚式では英国風のウェディングドレスが台無しになると私が駄々をこねたことになっている。本当は、私の腹が『ちゃんと』コルセットを締めることができるかどうかを見極めるためだと分かっていたので、一切太ることが許されず、いつにもまして摂生に努めると、嬉しいことに美しいくびれが生まれたので喜んだ。花が咲く中での結婚式も美しかった。
 義父母は「息子が舟遊びなんかに誘わなければ……」と嘆き、せめて責任を取らせてくれと言った。なんて良い人たちだろう。しかし、なんの責任を取るつもりだろう。
 義父母だけではない、みんな、みんな、憐れんでいる。
 あの晩夏に消えた少女のことを。
 それは私ではないのだが。