REFLECT

what’s the color of the sun?










「グフイグナイテッド……かあ」
 ミネルバの格納庫にやってきた新しい機体。ひときわ明るいオレンジ色を見上げ、勝手にデジャブを感じてる。しかし、そのショルダーには例のドクロマークがあるわけもなく、そもそもジンとグフを一緒くたにするなど、メカニックとしては到底口に出来ない感想だったが、スパイスで煮込んだものはすべてカレーであるように、同じMSであればあながち間違いでもないように思う。
 それから圧倒的な差のもうひとつである、この機体のパイロットの名を呟く。
「ハイネ・ヴェステンフルスかあ……」
 自分の舌と唇に乗せることが、あまりにもしっくりとこない。耳慣れなさや言い慣れなさはいつか回数の暴力のうちに消えていくとしても、自分の中ではいつもミゲルから聞かされる名前であっただけに、感慨があるいえばあるし、ないといえばない。よもや、同じクルーになるとは思いもよらない人物だった。会ってみたいとは考えたことがないわけではない。それはまだミゲルが存命だったころの話であって、今さらという感じもする。
「……ハイネかあ」
 ため息交じりに再度口にするのは、チョコレートを食べたかったのは今ではない、そういう気持ちからだった。たまたま近くにいたヴィーノには否定的に拾われる。
、知り合い? もしかして……ヤな奴だったりする?」
「いや、名前だけ。前の前の前の船の同僚の……先輩……友達? いい兄貴分って感じらしいよ」
 おろしたての白い軍手で指を折って数えた。エースの顔を思い出しながらカウントすることが癖になっている。その仕草をしげしげとヴィーノに見つめられた。在籍年数に対しての異動が多いのか少ないのか、自分ではなんとも判断がつかなかったけれど、自分が死んでないし、辞めてないということが現実だった。
 ヴィーノはとりあえず一安心したのか、生来の、とても人好きのする笑顔を見せた。
「そ、よかった。どうせならいい人の方がいいもん。まあ、なんにせよ、うまくやれるといいよね」
「そーだね」
 ヴィーノの性格なら、大抵の人とは仲良くなれるんじゃないだろうか。そういうニュアンスも多分にあったけれど、私でさえハイネとなら、そうなれるだろうという気がする。だって、ミゲルの友人だし。あいつを通して一方的にしかハイネという人物を知らないけれど、あのフィルターというのは多くの場合、私にとっても鮮やかで好ましいものだった。

 

 *



 アスランたちがハイネの案内で格納庫へやってきたとき、私はちょうど天井近く、ザクウォーリアの頭付近へ突き出した足場で作業中だった。近場のスタッフだけ集合、作業は中断しなくてよいという指示に甘える。一応、電動やすりのスイッチを切り、手を止めてその場に座り込んだ。命綱のハーネスの着脱は面倒くさい。地上四階建ての高さに相当するこの位置は、安全にエレベーターを使って降りるには四十秒以上はかかる。手放しにダイブして自由落下なら二秒とかかからないが、そんなつもりはさらさらない。訓練ノルマとして懸垂降下の練習もするし、嫌いじゃないけれど、あれはロープを組むのに時間がかかるからなあと、栓のないことを考えながら下を観察するために防護ゴーグルを外した。
 ザフトレッドの制服の中に見慣れない髪色の人が混じっている。赤みを帯びた金髪で、それは正面にあるグフの色にもよく似ているように見えた。会話の内容までは流石に聞こえないけれど、おそらく就任の挨拶をしているであろうハイネの声色は陽気そうにこちらまで響いく。
 地上にいる彼らの移動を緩慢に目で追っていると、ふと光に目が眩みそうになる。ハイネ達が突如として発光するわけもなく、ここは天井に近いだけ照明の光量も強いので、どうやら真正面にいるグフイグナイテッドに搭載されたメインカメラのレンズがちょうどライトを反射させたらしい。飛び込んでくる光に目を細めながらも、グフのモノアイに視線を合わせた。
「……あんたのマスターってどんな奴?」
 もちろん、返答があるわけがない。



*



 しばらくして、レクリエーションルーム近くの通路、壁を見つめる体勢で横になっていたら、声をかけられた。寝ていたわけではない、その低い位置に目当ての配線があったのだ。MS整備だけが仕事ではない、船はもちろんだけれど、シャワーの温度が不安定だと言われれば、工具箱を持って馳せ参じるのが私たちである。
 その体勢のまま首だけ回して見上げれば、声の主はハイネ・ヴェステンフルスで間違いないようだった。腰をかがめ、のぞき込むような仕草のせいで、オレンジ色のボブの髪を揺らしている彼を一瞥してから配管用パネルを閉める。
「……えーと、なにか?」
「邪魔になりそうだったらあとにするけど」
「ぜんぜん」
 私は勢いをつけて上半身を起こし、手に持っていたスパナを工具箱に戻して蓋を閉める。そこには剥がれかけのステッカーが貼ってあって、この船においては一目瞭然で私の所持品であることが分かるものだった。立ち上がる気はなくて胡坐をかけば、相手もごく自然にその場に腰を下ろした。運よく誰の気配もしなかったが、傍から見れば、通路の端に座り込む様子は滑稽だっただろう。
 作業着のつなぎを着ている私と違うのだから、その赤い立派な制服が汚れるだろうと指摘すれば、式典服でもあるまいという返事が返ってくる。大雑把な人間だ、こいつも服をMSのオイルでダメにしたことがあるタイプかもしれない。ただ、愛機にちょくちょく会いに来るパイロットに悪いやつはいないと思っている。
「んっと、……よろしく?」
「なんで疑問形になるかな」
「いや、だってさあ、他の用件かもしれないじゃん」
「挨拶に来たんで合ってるよ。ハイネ・ヴェステンフルスだ。よろしく」
 彼は明るく笑うと敬礼をするので、私も軍手をした手のまま敬礼で返すと、それから……と彼の言葉が続く。
、きみも元クルーゼ隊なんだって?」
「……アスランとは入れ違いだから、詳しくないよ」
「アスランのことならアスランに聞くさ。そうじゃなくて」
 ハイネの物言いは、決して躊躇うようなものではなかったが、顔が下げられ、まるで標準を定めるように工具箱へ視線が注がれる。私の経歴を尋ねる言葉は疑問形ではあったけれどしかし、決定事項の確認にすぎず、ただの前置きであることは明白だった。そのあとに何かがあるはずで、これがコース料理であるならば、前菜まで出したならばきちんとメインもしっかりサーブしてほしいと文句をつけたくなる。
 ハイネの言葉を咀嚼する為に黙る、そういうフリをするために同じように工具箱へと目線を落とす。もうボロボロのDEFROCKのロゴマークは何を隠そう、私がデータを作ってやったのだから、作ろうと思えばステッカーの増刷など容易いことだった。しかし、それをしないことが黙祷だった。
 沈黙の上を衣擦れが滑る。それは深紅の腕がすっと伸び、我々の目線の先を示すものだった。
「仲良かったんだろ、ミゲルと」
 あまりに明確な断言とともにハイネの指先が上へと動き、そして私を指差す。反射的に目線で追えば、延長線上で彼と真正面に目が合った。グリーンの瞳だ。ははあ、こういう顔をしているのか。少しの哀悼が浮いているのがわかる。
「いきなり死んだ奴の話なんてデリカシーがなくて悪いな」
「や、仕方ないでしょ。この仕事なら」
 てのひらをひらひら振れば、彼はそうか言ってと安堵を滲ませ、話を漕ぎ出す。しかし、彼が最初に挨拶だと言ったのがすべてで、行き先もなければ漂うような会話だった。
のこと、ミゲルからいろいろ聞いてたからさ、話してみたくて。でも、そうすると、どうしたってあいつの話を避けられないだろ?」
 私は軍手をしたままの自分の指先を見る。
 思い出すという行為は生存者の特権だった。ただ、誰かにそれを強要するのは、それこそハイネが言うようにデリカシーに欠ける行為だ。触れるにしても、然るべきタイミングで丁寧に、というのが一般的な気遣いだろう、平時の。そうはいかない時間と空間にいるという自覚は重々ある。色んな過程をスキップして、結果の口にしなければいけないのだから情緒がない。悲しいとは違ったので、軽い調子で言葉を放した。
「いい奴だったのに~みたいな湿っぽい話はアルコールを入れてからにして欲しいなあ」
「あ、泣き上戸なんだっけ?」
 ああ。
 ミゲルから聞いたと言う『いろいろ』が窺い知れる。ハイネ相手に取り作るつもりはないし、仲の良い友人たちには知れた話ではあるし、いつか彼も辿りついただろうけれど、それでも少しは恥ずかしさがあった。同時に心なしか嬉しさもあった。ミゲルたちとお酒を飲んで騒いだ日のことを思い出しながら、記憶を呼び起こす。
「私も、あいつからハイネのこと聞いてるんだよね……優秀なパイロットで、仲間思いで、面倒見が良くて、それから羽振りがいいから奢ってもらったって」
「お前、たかる気だな……」
「FAITHって給料いいでしょ、私よりは」
「その分だけ愚痴も多いぜ? 参るよ、ほんと、もう」
 冗談めかして言いながらハイネは肩をすくめ、私はけらけらと笑った。
 ハイネとはうまくやれる。そういう直感めいたものが頭をよぎる。わかった、と言ってもいい。









home / what’s the color of the sun?