眩しいほどに澄んだ

what’s the color of the sun?










 私が属するハイネ隊はガルナハンでの作戦に加わることとなった。ミネルバを含めた連隊での合同作戦。その作戦の中で、私は艦での控えを命じられた。
 たぶん、同じくザフト所属の兄が、先日、殉職したことを知っているからだ。心情を考えてくれてのことだろうと、手放しで甘えることは、愚かだ。ここしばらくの私の戦績は極端に落ちている。こんな危なっかしいやつ、作戦から外したくもなる。
 己の実力不足にクラクラする。恥ずかしい、なんて恥ずかしい……! 身体はブリーフィングルームで椅子に座っているけれど、ワーッと言って逃げ出したい。焦燥は冷や汗のように手に滲み、まるでMSのシートにいるかのような錯覚に陥る。心臓が削られる。
 気持ちを切り替えろという叱咤はすでに貰っている。でも、ほかの役割があるのであれば、傷心している人間にあえて鞭を打つような隊長ではない。作戦を休めとは言わない、だが役回りの中で一番楽なものを指名してくれた。
 そういう所がとても好きで、でも、頼りないと言われているようで悔しかった。
 出来ます、やれます、巻き返します、だから……
 作戦会議が終えるや否や、交戦中もかくやという反応速度でハイネの腕を掴んで訴える。その姿は滑稽だっただろうし、醜いものだっただろうし、無様だっただろう。ライトグレーの床に吸われる自身の黒い影を見つめ続ける。顔をあげることが出来ない嘆願はあまりに説得力がなく、淀みながら沈み、影の輪郭をぼかし、淀ませていくような気がした。
 この直訴は無意味と知りながらも、呟くように繰り返す。ハイネはこの作戦の後にミネルバに転属が決まっている。敬愛する彼がこの隊を離れる前に、私の活躍を、成長を、観てほしかった。安心して任せられると、信じてほしかった。
 それは出来ないというハイネの指示に、私は部下としてイエスしか答えを持たない。ゆっくり手を緩めて彼を解放すると、反撃かのように両肩に手が置かれた。瞬間、撤退を許されないのだと理解した。
「……、ちゃんとメシ、食ってる?」
「食べてます、体が資本なので」
「ああ、そっか、そっか。そうだよなあ……のそういう真面目さは、強みだよな」
 そう言ってハイネは肩を軽く叩いて出て行った。
 やっとのことで俯くことをやめると、ずっと影を観ていたせいだろうか、この部屋はやたらと明るかった。取り残されたとは、思わなかった。



 艦のモニター越しに見守った作戦は、成果だけを報告するのであれば成功だった。けれども、仲の良かった先輩が死んだ。
 格納庫に戻ってくることのこない先輩の機体。
 ハイネが敬礼をする後姿。それを凝視する私。
 オープンになったハッチ越しに、人工ではない太陽光線が侵入し、逆光となって、朝焼けのように白んでいる。終わりなのに、はじまりみたいだった。ハイネのいるその空間だけがひどく眩しくて目を細める。深呼吸すれば、肺の奥の方が冷えていったけれど、頭の奥はのぼせるように熱い。
 先輩と兄の死を悼むと同時に別のことが頭をよぎる。例えば、私が死んだとしてもハイネは悲しんでくれるだろう。違いない、そういう人だ。でも、しかし、それは死を知る機会があったら、だ。
 ハイネはこれからミネルバに行くというのに?
 兄の時のように血縁者であれば、また違うかもしれない。でも、私とハイネは上司と部下でしかないのだから、それも叶わない。
 ふと、命を捧げるチャンスを失ったのだと気付いた。とても浅はかで、愚かな望みだと分かっている。悲しんでほしいなんて。
 私が死んだことを知らぬまま、ハイネは変わらない夜を過ごし、そして朝を迎えるのだ、当たり前に。
 狂おしいほどに、殉職した先輩が羨ましかった。それがもはや、世界で一番澄んだ、素晴らしいものに見えて仕方なかった。けれど、永遠に知られてはいけない望みと自覚している。



 ハイネの送別会には参加しないことにした。結局、誰かは艦で待機しないといけないのだ。
「そうか、は来れないか」
 少し残念そうに言われると、どうしようもなく嬉しい。それを表に出さないようにする。もう、私が格好を付けられるのはこのタイミングしかないのだ。
「前の作戦では控えでしたし、活躍されたみんなに休息をとってもらうのは当然です」
 真面目ぶってつければ、ハイネはそっか、と了承を示したけれど、たまたま近くにいた隊員によって砕かれる。
はさあ、ハイネとの別れが辛くて、酒が入ったら泣くからだろ。なあ?」
 揶揄うように肩に乗せられた手を、冷たくあしらう。そうして否定したというのに、ハイネはそういうことかと勝手に頷いていた。
「なんだ、、水臭いなあ。ほら」
 両腕を広げたその仕草。その胸に飛び込んで泣けとでも言うのだろうか。そんな情けないこと出来やしない、ましてや他の隊員のいる前で。
「結構です」
「本当に?」
「大丈夫です」
「最後だぞ」
「……揶揄ってるの?」
「心配してんだよ……」






 そして私が尊敬してやまない人は、命を落とした。やはり、私は置いて行かれたのかもしれない。
 彼は実力のある有名人だったので、ザフト内のニュース速報では、殉職者として個人名と彼のこれまでの戦績が読み上げられる。ああ、そうか、親族じゃなくても、そういう風になればいいのかと今更ながら気付いた。ただ私が英雄になれたとは到底、思えなかった。
 私の名誉はハイネのために尽力して死ぬことに違いなかった。死ねなかったことを後悔していて、そして、もはや決死の覚悟ができない臆病者である。
 ザフトのために死ねないのに、ザフトにいる。
 もう明るく、眩しいあの場所はないのに?










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